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初めてのアメリカ留学〜刺激と苦労まみれの1年間〜

更新日:2021年2月4日






こんにちは。芸術専門学群4年のアスナです!

2018年8月〜2019年5月(2セメスター)にアメリカのユタ州立大学で交換留学をしていました。もう1年以上前の話ではありますが、その時のことについて色々書こうと思います!


◯留学した理由◯


一番は英語が話せるようになりたかったからです。高校生の時に、外国からの留学生と自由に会話している英語ぺらぺらの帰国子女のクラスメイトなどを見て、「羨ましいな〜」と思っていたので...。

そのため、1年間の交換留学制度があり、かつ自分の学びたい芸術が専攻できる筑波大学への進学を決めました。

数ある協定校の中でもなぜユタを選んだのかというと、私は写真の分野に興味があり、ユタ州立大学にはそのための充実した施設があると聞いたからです。あとは、英語が好きなので、ネイティブの英語に触れられるアメリカの大学に留学したかったからです。

私は学部2年生の夏から留学をしましたが、筑波大学では3年生から長期留学をする人が多いようです。特に芸専では、3年生で所属ゼミや自分の専門を決定してから留学するのが一般的です。私も初めは、3年生からの留学を見込んで、1年生の11月頃にユタ州立大学の連絡担当責任者の先生に話を伺いに行きました。その時に、「機会があるのにもったいないから、来年度から行けば?」と提案していただいたため、思い切って応募することにしました。選考を受けた時はまだ1年生だったこともあり、留学先で学びたいことなどを具体的に説明できませんでした。しかし、先生に「19歳の若さで行くのは語学力を伸ばす上でメリットがある」と言っていただき、選考を通り…2年次からの留学を行う流れとなりました。

2年生から留学したメリットは以下の通りです↓

①語学力を早い段階で伸ばすことができ、帰国後の活動範囲を広げられる。

②3年生になってすぐ帰国したため、3年次の芸専の進級必須単位を取得し、4年間で卒業することが可能になった。

③就職活動の時期と被らない。

ユタ州立大学

標高約1500m地点のローガン市にある大学。空気が澄んでいて景色がとても綺麗。硬いですが、水道水も綺麗でそのまま飲むことができます。ただすごく乾燥しているので、体が慣れるまで乾性鼻炎と乾燥肌に悩まされました…。

◯全てが違った外国の授業!◯


私はIELI (Intensive English Language Institute) という大学内の語学学校で他の留学生とともに英語を学びつつ、並行してアートの授業をいくつか履修していました。

IELIの先生はわかりやすく英語を話してくれたので大丈夫でしたが、その他の通常授業の英語を理解することに、初めはとにかく苦労しました。速くて何を言っているのかわからないことが多く、自身のリスニングスキル不足を痛感… 。授業内容への理解を追いつかせるために、毎時間シラバスとにらめっこしながら予習・復習を行っていました。それでも不明点があったらクラスメイトに聞いていました。芸術の授業は、授業の初めに先生がデモンストレーションを行ってくれるので、視覚的な面から理解を補うことはできましたが…それでも言葉がわかるに越したことはないです。

時々レポートを書く課題も出ましたが、そのような時は書き終わった後に、大学に設置されているライティングセンターに校正をお願いしていました。

留学して間もない頃、まだたどたどしい英語しか話せない中で、30名くらいのアメリカ人の生徒を前にして作品のプレゼンを行った時は、かなり緊張したのを覚えています…。しかし、先生も生徒もそんな私を温かくサポートしてくれて本当に助けられました。

授業で特に印象に残ったのが、授業のやり方の違いです。向こうのアートの授業の講評タイムでは、先生だけではなく生徒も、お互いの作品に対して遠慮なく批評をぶつけ合います。アートの授業に限らず、日本では授業内でそこまで積極的な意見交換をしてこなかったので、オブラートに包まず意見をはっきり述べる生徒たちの様子に、若干のカルチャーショックを感じました。しかし、他人の正直な意見をたくさん聞くことで、学べることも多かったです。


           写真の授業風景


◯生活◯


ユタは自然が豊かです。休みの日は山や湖などでレジャーを楽しむことができます。私はInternational Friendship Programという、元IELIの先生が開いている留学生向けのハイキングイベントによく参加していて、そこで色々な国の留学生の友達と交流することができました。なぜかインド人の生徒が多かったです。

大学内には立派なジムがあり、生徒はいつでも自由に使うことができます。

田舎にある大学なので、ショッピングを楽しむなどといった娯楽はほぼ皆無です。そのため自然の中で遊ぶことが一番のリフレッシュになります。ごみごみした街で育ったもやしっ子の私には良い運動の機会でした。もともと運動が嫌いだった私も、この留学を契機に体を動かすことが少し好きになりました。

他にも、ド派手なハロウィンパーティーや、テスト期間後のダンスパーティなどがありました。また、大学対抗のフットボール大会も観戦できました。生徒たちはこうしたイベントで日頃の勉強のストレスを発散します。時には、セラピードッグが学内に来て生徒たちを癒してくれたりもしました。


フットボール場⇧

山頂からの景色⇧


クラスの友人の誘いがきっかけで、毎週日曜日の朝にはモルモンの教会に行っていました。聖歌を歌ったり、ビショップ(監督)からの話を聞いたり…。

Bible Studyという5名ほどのグループで毎週聖書を読み解く活動をしたり、春休みの1週間はIntervarsityというグループでカタリーナ島(ロサンゼルスから船で2時間くらいの島です)でキャンプをしながら、毎日6時間もの聖書の勉強会に参加したりしていました。このカタリーナ島での1週間はなかなかハードでした。クリスチャンでない参加者は私だけでしたし、水も電気も不足しており、さらに電波も届かないキャンピングエリアでしたので。

しかし、それまで関わりの薄かった分野に直に触れることができたのは、とても貴重な経験でした。



また、時には友人の誕生日パーティに誘ってもらったり。アメリカのバースデーパーティはとにかく盛大。広い別荘を借りて、20人くらいで寝泊まりしながら2日間連続で誕生日を祝いました。主催者も出費者も誕生日を迎えた当人です。

クリスマスパーティもワイワイやります!ローガンのスーパーマーケットには、早くも10月頃からクリスマスグッズが売り出されていました。

1月末頃に開いたクリスマスパーティーの記念写真⇧ 何故か本当のクリスマスから1ヶ月記念をお祝いしました。



普段、食事はバイキング形式の食堂で取ります。食べ放題なので太りました。他にも大学内にはいくつかカフェがあって、サンドウィッチなどが食べられます。美味しいです。1つ食生活で辛かったのが、日本食が食べられなかったこと。ユタは内陸の州なので、まず生魚が容易に手に入りません。お寿司は売っているには売っていますが、一貫で2ドルと高値だったり、アメリカナイズされていたりします。初めの頃はアメリカの食事を楽しんでいましたが、半年ほど経つと日本食が恋しくて泣きそうになることもありました。これがホームシックか。


      私がカフェでよく食べていたいたバーガーとチップスのセット



寮生活はルームメイトと二人部屋で生活。ルームメイトがかなり気難しい子だったため会話がほとんどなく、最後まで仲良くなることはありませんでした。私が課題のために深夜まで起きていることが多かったので、お互いに不満はあったと思います。気まずい空気から逃れるために外で活動する時間が多く、その分友達を増やすことができたので結果オーライですが。


           私が生活していた寮の部屋からの眺め


他にも日常生活で印象に残ったことがあります。ユタの人たちって、たとえ見知らぬ人にでも、その人が持っているカバンとか、身につけているアクセサリーやその日のメイクについて積極的に「素敵」と言って褒めてくれるんですね。これは素晴らしい文化だと思いました。


思い出に残っていることはまだまだ山ほどありますが、すごく長くなりそうなので、この記事はここで終わりにします。



◯まとめ◯


留学してよかったと思うのは、やっぱり英語が話せるようになったこと。そして色々な国の友達ができたこと。そのことで、自分と違う考え方について知ることもできました。英語で情報収集をすることもかなり楽になり、卒業論文の英文資料をスムーズに集めることができています。授業で苦労しながらそれを乗り越えた経験も、何かとその後の自信に繋がっています。

今年度はコロナの影響で、留学することが難しい人も多いと思います。ですが、また海外に行く機会を得た時に、この記事を少しでも参考にしてもらえたら幸いです!早く元の自由な生活が戻りますように。

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