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人体博物館と生きる目的

先日ベルリンへ旅行へ行った。ドイツに留学に来てから一年が経つがまだベルリンへ行ったことはなかった。自分の住むシュツットガルトから電車で5時間半かかる。ベルリンはドイツの首都なだけあり、観光地も多くあるが、今回は以前から興味のあった人体博物館へ行ったので紹介したい。以前、養老孟司先生監修の下、東京でも人体博物館の特別展が開催された。私は養老孟司先生の話を聞くのが好きなので、人体博物館に一度行ってみたかったのだ。それには行けなかったがたまたまベルリンにもあったから行くことにした。ちなみにイギリス、オランダにある人体博物館がもっと大きいみたいだ。


展示されている人体は全て本物の遺体を使っている。生前に、体を提供する同意をした人の体を特殊な薬品に浸け、腐らないようにする。臓器提供は一般的だが、体丸ごと提供するのは新しい。体を残したい人にはむしろおすすめかも。薬品につけた体を、展示したい形に筋肉を伸ばすらしい。ちなみに顔は作り物らしい。


展示する人体の作り方


張り巡らされた毛細血管は地球2周半分もある。指や腕の骨の両側についた筋肉は、片方を収縮、もう片方を緩めることで、曲げ伸ばしの動作を実現させている。こうしてタイピングしている間にも複雑な動作が身体の中で起こっているのか。

養老孟司先生も言っていたが、こんな複雑で神秘のような身体を見ると、これが自分の身体だとは俄に信じがたくなった。自分では把握していないことが多すぎる。確かに歩きたければ足を動かせる。箸だって自由に使えるし言葉も喋れる。しかし意思とは反して風邪引くし、眠くなるし、お腹も痛くなる。自分の身体なのに、自分ではコントロールできないことが多々ある。言われてみてば、風邪と闘うのは白血球、腸環境を整えるのは腸内細菌、増え過ぎは困るが皮膚に棲むダニも私たちの身体に欠かせない。ウイルスが入ってきたとき、自分の意思で叩いて倒すのではなく、体内の細胞が勝手にやっつけてくれている。人体博物館はこのことに気づかせてくれた。そして、身体は自分のモノではなく、神秘的で再現不可能な生命の産物に魂が乗っかった物と認識するようになった。






長い人類の歴史の中で奇跡的に繋がれてきた命の先に自分がいる、そして幾度の戦争、飢饉、災害で命を落とした日本人、生き抜いた日本人の魂を受け継いでいる。そう自覚すると自分の身体を乱暴に扱えないし、なるべく健康にしてあげたいと思うようになる。ましてや自殺などあり得ない。

日本は自殺者数が世界一位だ。そして子供の死亡原因の一位も自殺という悲しい国である。コロナ茶番という大人の都合により子供の自殺も増え、2021年、19歳以下の自殺は3360人に上る。子供はなぜ自殺するのか?一番の理由は「なんとなく」らしい。いじめや家庭環境ではなく、なんとなくなのだ。なぜ自分が生きているのか分からずなんとなく自ら命を絶ってしまう。そんな子供たちは、おそらく、自分の身体や命が自分のモノだと勘違いしており、自ら生きる意味を模索してしまい、結局分からず「なんとなく」に行き着いてしまうのではないか。しかし本当は、生まれた瞬間から生きる目的は決まっているはずだ。それは、先人の、もっと言えば人類の魂を受け継ぎ、人生を通してそれを磨き、後世に繋げることに他ない。この作業を何万年と繰り返してきた先に、私たちの複雑な身体は出来上がっている。そして幸運にもその身体に両親が意志という魂を宿してくれたのだろう。偉そうに言っているが自分がそう気づいたのもつい最近のことである。元々おじいちゃんおばあちゃんに会いに行くのが好きだったり、その家に飾ってある曽祖父、曽祖母の写真を眺めて何か感じていたりはしていた。そして祭りも好きでよく行っており、日本人の帰属意識を育む機会はあったのかもしれない。あらゆる原因でそういった機会が減っている現状は大きな問題だろう。日本人の帰属意識を後退させてしまう。

こんな複雑な身体は、自分のモノであるという傲慢な考えは卒業し、命の背景にある先人達の魂を感じながら日々精進していきたい、そう思った人体博物館だった。



動物の体も展示されている。




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